おひとりさまの介護と死後に備える「3つの財布」 ― 介護費用を「平均」で考えてはいけない―
公開日:2026-08-03 18:00
目次
「一人暮らしですから、老後に必要なのは自分一人分。介護が必要になっても、年金と貯金で何とかなるでしょう」
「子どもはいないので、亡くなった後に多くのお金を遺す必要もありません」
相談の場で、このようなお話を聞くことがあります。
たしかに日常の生活費は一人分です。
けれど、おひとりさまの老後で本当に問題になるのは、財産の総額だけではありません。
病院への付き添い、介護サービスや施設の選択、契約、保険金の請求、緊急時の連絡、住まいの管理、そして亡くなった後の葬儀・納骨や各種解約。これまで家族が無償で担うことの多かった役割を、誰に頼み、その費用を誰が支払うのかという問題があります。
筆者は、これまでのコラムの中で、「おひとりさまに保険は必要か」という視点や、認知症などで本人の手続きが止まったときの成年後見制度について取り上げてきました。
また、本サイトでも最近、死後を支える社会の仕組みや、亡くなった後の希望を実行するための法的・人的な準備が紹介されています。
今回は、それらの土台となる「お金」に焦点を当て、ファイナンシャルプランナーの立場から、介護中と死後を一つの資金計画として考えてみたいと思います。

■「おひとりさま」は、もはや特別な生き方ではない
おひとりさまには法律上の定義があるわけではありません。
生涯独身の方だけでなく、配偶者と死別・離別した方、子どもがいない方、子どもや親族がいても遠方に住んでいたり、関係が疎遠だったりして、いざというときに頼ることが難しい方も含めて考える必要があります。
つまり、家族構成ではなく、「必要な場面で動いてくれる人が身近にいるか」という視点が大切です。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、
単独世帯は2020年の38.0%から2050年には44.3%へ上昇し、2,330万世帯になると見込まれています。
内閣府の令和8年版高齢社会白書では、
65歳以上の一人暮らしの割合は、2020年の男性15.0%・女性22.1%から、2050年には男性26.1%・女性29.3%へ上昇すると推計されています。
人数では、2020年の約672万人から2050年には約1,084万人です。

誰もが、人生の途中で頼れる人を失ったり、家族が支援できない状況になったりする可能性があります。
おひとりさま対策は、一部の人だけの終活ではなく、家族任せにしない老後設計そのものなのです。
■介護費用の「平均542万円」は、上限ではない
介護費用を考えるとき、「一般的にはいくらかかりますか」と尋ねられることがよくあります。
公益財団法人生命保険文化センターの2024年度調査では、介護にかかった一時的な費用は平均47.2万円、月々の費用は平均9.0万円、介護期間は平均55.0か月(4年7か月)でした。
単純に掛け合わせると、47.2万円+9.0万円×55か月=約542万円となります。
しかし、ここで「介護資金は500万円ほど用意すればよい」と結論づけるのは危険です。
同じ調査では、施設で介護した場合の月額は平均13.8万円で、55か月続くと単純試算で約806万円になります。
また、月々の費用が15万円以上だった人は19.3%、介護期間が10年以上に及んだ人は14.8%いました。
平均から大きく外れるケースは、決してごく一部とは言えません。

「2024年度 生命保険に関する全国実態調査[2人以上世帯]」
公的介護保険のサービス利用料は原則1割、一定以上の所得がある方は2割または3割負担ですが、施設では居住費・食費・日常生活費なども必要になります。
さらに、医療費、税金・社会保険料、自宅の修繕や管理、保険外サービス、死後事務などは別に考えなければなりません。
2025年度の意識調査でも、18~79歳の80.5%が「公的介護保険だけでは介護費用をまかなえないと思う」と回答しています。
もう一つ、見落としてはいけない点があります。
介護費用の47.2万円・月額9.0万円・55か月という調査は「2人以上世帯」を対象としたものです。
おひとりさまの介護費用そのものを示す平均ではありません。
家族が行った付き添いや手続き、連絡調整などの無償の働きは、金額として表れにくいからです。
平均は予算の上限ではなく、考え始めるための出発点として使うべきでしょう。
■おひとりさまに必要な「家族の代わりを買うお金」
公的介護保険に「おひとりさま加算」があるわけではありません。
それでも、頼れる家族がいない場合には、家族がしてきたことを有償サービスに置き換える場面が増える可能性があります。
・通院や施設見学への同行、入退院時の支援
・買い物、書類整理、郵便物確認、鍵の管理などの日常生活支援
・緊急連絡先、見守り、ケアマネジャーや医療機関との連絡調整
・空き家になった自宅の管理、荷物の整理、ペットの引き取り
・葬儀・納骨、賃貸住宅の明渡し、契約の解約などの死後事務
これらの費用は、時間単価、月額、契約時の一括払い、預託金など形がさまざまです。
介護サービス費だけを見積もっていると、「介護そのものではないけれど、介護生活を成り立たせるために必要な費用」が抜け落ちます。
おひとりさまの資金計画では、この部分を別枠で見込む必要があります。
■介護と死後に備える「3つの財布」
筆者は、おひとりさまの老後資金を一つの大きな金額で考えるのではなく、目的の異なる「3つの財布」に分けることをおすすめしています。
実際に口座を三つ作るという意味ではなく、何のために使うお金かを区分して管理する考え方です。
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財布
| 主な目的・支出 |
準備のポイント |
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① 暮らす財布 |
日常生活費、医療費、税・社会保険料、緊急時の支払い |
すぐ使える預貯金を確保。 |
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② 介護を選べる財布 |
住宅改修、施設入居時費用、月々の介護費、有償の見守り・同行 |
標準・施設・長期化の3シナリオを試算し、不足額を現金・年金・運用・保険で分担。 |
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③ 最後を託す財布 |
葬儀・納骨、住まいの整理、死後事務、専門家・事業者への報酬 |
介護で使い切らない別枠を設定。 |
大切なのは、③の「最後を託す財布」を、単に「亡くなった時に残っているお金」としないことです。
介護が長引けば、預貯金は想定以上に減ります。
死後に必要な費用と依頼先が決まっているなら、その分を介護資金とは別に確保しておく必要があります。
■ お金は「ある」だけでなく、「使える」ことが大切
十分な預貯金や保険があっても、認知症などで本人の意思確認が難しくなると、預金の払戻し、施設契約、保険の解約・請求などが進みにくくなることがあります。
家族であっても、当然に本人の代理人になれるわけではありません。
おひとりさまであれば、なおさら「誰が、どの法的な根拠で、どこまでできるのか」を元気なうちに決めておく必要があります。
財産管理委任契約や任意後見契約、遺言、遺言執行者、死後事務委任契約などは、それぞれ役割と効力が異なります。
すべての方に同じ組み合わせが必要なわけではありませんが、少なくとも次の四点は一覧にしておきたいものです。
1. 預貯金・証券・保険・不動産など、どこに何があるか
2. 判断能力が低下したとき、誰が生活費や介護費の手続きを支えるか
3. 死亡後、誰が葬儀・納骨・住まいの整理・契約解約を行うか
4. その人や事業者への報酬・実費を、どの資金から支払うか
縁ディングノートは、財産や希望を見える化する入口として有効です。

ただし、ノートに書くだけで代理権が生まれるわけではありません。
希望を記すノートと、実行するための契約・遺言・資金をセットで整えることが必要です。
■保険は万能ではない。それでも「資金の穴」を埋める力がある
おひとりさまに保険が必要かどうかは、「扶養する家族がいるか」だけでは決まりません。
保険には、介護開始時にまとまった一時金を受け取る、介護が続く間に年金を受け取る、死亡時に指定した受取人へ現金を渡すなど、貯蓄とは異なる役割があります。
たとえば、施設入居の初期費用や住宅改修には一時金、毎月の介護費と年金収入の差額には介護年金、死後事務に必要な資金には死亡保障というように、「いつ、何のために使うか」から逆算します。
ただし、保険は所定の支払事由に該当しなければ受け取れず、請求手続きも必要です。
保険だけに資金を偏らせず、すぐ使える預貯金と組み合わせることが基本です。
そして、おひとりさまの保険で最も重要なのは、加入内容だけでなく、本人が請求できなくなった時の手続きです。
「指定代理請求制度」では、本人が認知症などで意思表示できない場合に、あらかじめ指定した人が給付金等を請求できることがあります。
また、「保険契約者代理制度」では、契約者に代わり住所変更や解約など所定の手続きができる場合があります。
対象となる手続きや代理人の範囲は保険会社・商品によって異なるため、元気なうちに契約先の保険会社に確認が欠かせません。

■死後の費用は「一律○万円」では決められない
おひとりさま向けの終身サポートでは、身元保証、日常生活支援、死後事務などを一つの事業者が担うことがあります。
2024年に関係府省庁が策定した「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」は、契約が長期に及び、死後事務を含み、費用が前払いされる場合もあることから、契約内容や履行状況を確認する重要性を示しています。
支援の範囲は事業者によって大きく異なります。「死後事務は○万円」と一つの相場だけで決めるのではなく、次の点を費目ごとに見積もることが大切です。
・契約時費用、月額費用、同行・緊急対応などの都度費用
・葬儀、火葬、納骨、家財整理、賃貸住宅の明渡し等の実費
・預託金の金額・算定根拠・管理方法。事業者の運営資金と分別されているか
・中途解約時の返金、判断能力低下後の契約変更、サービス記録と報告方法
複数の事業者から、サービス別の見積書と契約書案を取り寄せ、将来の利用期間を想定した総額で比較しましょう。
金額が安いか高いかだけでなく、事業者が将来も履行できる体制か、相談や苦情の窓口があるかも重要です。
■「3つのシナリオ」で不足額を出す
介護資金の準備で大切なのは、「平均額を貯めること」ではなく、自分の希望と家計から不足額を計算することです。
筆者は、少なくとも次の3つのシナリオで確認することをおすすめしています。
・標準シナリオ:平均的な期間と費用で推移した場合
・施設シナリオ:施設利用が中心となり、月々の支出が増えた場合
・長期化シナリオ:介護が10年以上続き、有償支援も必要になった場合
計算の基本は、「初期費用+(介護後の毎月支出-年金等の毎月収入)×想定期間+家族代替サービスと死後事務の予算」です。
その不足分を、預貯金、退職金、運用資産、年金、保険、不動産の活用などでどう賄うかを決めます。
図2の約542万円・約806万円・約1,703万円は、あくまで費用の大きさをつかむための単純試算です。
年金収入で賄える部分もあれば、反対に通常の生活費や医療費、物価上昇を加える必要もあります。
また、資産のすべてを「使えるお金」と見なさないことも大切です。
自宅はすぐに現金化できるとは限らず、投資商品は必要な時に価格が下がっている可能性があります。
保険も給付要件と請求手続きがあります。
必要な時期が近い資金ほど、安全性と流動性を高くし、遠い将来の資金だけを運用に回すという時間軸が必要です。
■ 専門家の見極めは「つなぐ力」を提案しているか
おひとりさまの相談は、介護、医療、住まい、不動産、保険、成年後見、遺言、死後事務、葬儀・供養が連続しています。
一人の専門家だけで完結させることは難しく、制度や商品を個別に説明するだけでも十分ではありません。
相談者の希望と家計を起点に、必要な専門職や事業者へつなぎ、全体が矛盾なく動くように設計する力が求められます。
生命保険の専門家であれば、商品を提案して終わるのではなく、誰が請求するのか、判断能力が低下しても手続きできるのか、死亡保険金が死後の希望とどうつながるのかまで確認する。
法律の専門家であれば、契約書を作成するだけでなく、その費用をどこから支払うのかをFPと共有する。
介護の専門家であれば、本人が望む暮らしに必要な保険外サービスと費用を見える化する。
こうした専門家同士の横の連携が、おひとりさま支援の質を左右します。

■まとめ
おひとりさまの介護と死後への備えは、「いくら貯めれば安心か」という一つの数字では完成しません。
平均を参考にしながらも、施設利用や長期化を含めた複数のシナリオを作り、家族の代わりを頼む費用と、亡くなった後に必要な費用まで見込むこと。
そして、用意したお金を、必要な時に、信頼できる人が、正しい権限で使えるようにしておくことが大切です。
備えを点検するときには、次の三つを自分に問いかけてみてください。
□そのお金は、いつ、何のために使うお金ですか。
□自分が手続きできない時、誰がそのお金を動かせますか。
□介護が長引いても、亡くなった後を託すお金は残りますか。
「家族に迷惑をかけたくない」という思いを実現するのは、家族を頼らないことではありません。
必要な人、制度、契約、お金を元気なうちにつなぎ、自分の意思が届く仕組みを作っておくことです。
おひとりさまの終活とは、ひとりで頑張る準備ではなく、支えてくれるチームと、そのチームが動くためのお金を準備することなのだと思います。
※本稿は一般的な情報提供を目的とするもので、個別の法律・税務・保険・介護サービスの判断を示すものではありません。 制度、契約、保険商品、地域の取扱いは異なるため、個別には各専門家・事業者・自治体・保険会社へご確認ください。
<参考資料>
・国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)-令和6(2024)年推計-」
・内閣府「令和8年版 高齢社会白書」
・公益財団法人生命保険文化センター「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」
・公益財団法人生命保険文化センター「2024年度 生命保険に関する全国実態調査」
・公益財団法人生命保険文化センター「2025年度 生活保障に関する調査」
・厚生労働省「サービスにかかる利用料|介護保険の解説」
・内閣官房・金融庁・消費者庁ほか「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」(2024年6月)
・公益財団法人生命保険文化センター「家族による生命保険の代理手続き~元気なうちに考えておきたいこと~」
【筆者プロフィール】
金田京子 (かねだ きょうこ)
ファイナンシャルプランナー
ライフプランニングや家計の見直しなどを中心に1万件を超える個別相談に携わり、金融教育インストラクター、セミナー講師としても活動。
法律事務所・金融機関勤務での経験や知識を活かしながら、専門用語を使わずにわかりやすい言葉で、世代間をつなぐ相続・終活コンサルティングをおこなっております。

【保有資格】
・上級縁ディングノートプランナー®
・ 終活カウンセラー®1級
・終活相続ラボ会員
・
相続診断士®
・2級ファイナンシャルプランニング技能士(国家資格)
・トータルライフコンサルタント(生命保険協会認定FP) など
【筆者への問い合わせ先】
株式会社Finlife 東京支社
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E-MAIL:k.kaneda@jinsei-mikata.co

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株式会社相続終活ラボ主催。おひとりさまの増加と多死社会に対応する専門家の育成を目指し、筆者は0期に引き続き生命保険分野の講師を担当します。
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