「自宅で自分らしく死にたい」は、わがままなのか ―祖母の最期と、相続の現場から考えるACP―
公開日:2026-04-27 00:00
目次
■祖母の最期
「生死」と書いて、"しょうじ"。
人は生まれて、死ぬ。その間を生きます。
けれど、
どう生きて、どう死にたいかには、誰にもひとつの正解がありません。
何が幸せかも、人によって違います。
だからこそ、
人生の最終盤をどう過ごしたいかという問いは、
とても個人的で、
同時に、とても社会的な問いでもあります。
筆者は、いわゆる「おばあちゃんっ子」でした。
祖母は90歳まで長生きをし、生まれた家で婿を迎え、
大勢の子や孫、ひ孫に囲まれて暮らしました。
体がだんだん小さく、弱っていっても、最後まで庭の草取りをしていました。
まるで徳を積むかのように、
最後まで「家族の役に立つ」ことを続けていたのだと思います。
同居していた長男、つまり筆者の叔父は、毎日の入浴も手伝っていました。
庭で転んで骨折した時も、
祖母は大きな病院へ行って積極的な治療を受けることも、入院することも選びませんでした。
町医者の往診を受けながら家で過ごし、やがて老衰で亡くなりました。
亡くなる前の数日間、
家族は少しずつ小さくなっていく祖母の体を見守りながら、
「もうそろそろだなあ」と親族に連絡をし、
祖母は90年過ごした畳の上で息を引き取りました。
今振り返って思うのです。
あの最期は、祖母のわがままだったのでしょうか。
自宅で、自分らしく死にたいと願うことは、
家族にとって迷惑なことなのでしょうか。

■ 数字が示す最期の「願い」と「現実」のずれ
1)自宅で最期を迎えられた人の割合
厚生労働省の令和4年度調査では、
病気で治る見込みがなく、およそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至ると考えたとき、
一般国民の43.8%が「最期を自宅で迎えたい」と答えています。
一方、政府統計の2024年確定数を見ると、
実際に自宅で亡くなった人は全死亡の16.4%にとどまり、
病院で亡くなった人は64.4%でした。
希望と現実のあいだには、かなり大きな開きがあります。

2)自宅看取りが叶わない、その理由
では、なぜ多くの人は、自宅を望みながら選び切れないのでしょうか。
同じ調査では、自宅以外を選んだ理由のトップが「介護してくれる家族等に負担がかかるから」74.6%、
次いで「症状が急に悪くなったときの対応に自分も家族等も不安だから」57.2%でした。
つまり、「自宅で死にたい」という気持ちを押しとどめている最大の要因は、
本人の身勝手さではなく、むしろ“家族に迷惑をかけたくない”という遠慮や気遣いなのです。

3)自宅で最期を迎えた大切な時間
この数字を見るたびに、祖母のことを思い出します。
たしかに、家族の負担がゼロだったとは言えません。
けれど、あの時間は単なる「負担」だけではありませんでした。
祖母が少しずつ死に近づいていく時間を、家族みんなで引き受け、見送り、覚えている。
あれは、家族にとっても「最後を過ごす大事な時間」だったのだと思うのです。
■ACPは「延命を決める紙」ではない
ACPは、アドバンス・ケア・プランニングの略で、
厚生労働省は「人生会議」という愛称で普及を進めています。
もしもの時のために、自分が望む医療やケアについて前もって考え、
家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みです。
大切なのは、延命治療をするかしないかを一度決めて終わる話ではない、ということです。
もっと手前の、「何を大切にして生きたいか」を言葉にしていく対話なのです。
ところが、現状はまだ十分に浸透していません。
厚生労働省の同調査では、一般国民の72.1%が人生会議を「知らない」と答え、
68.6%が家族等や医療・介護従事者と「話し合ったことはない」と答えています。
その一方で、
57.3%は「進めることに賛成」と答え、
51.9%は、自分の最終段階の医療・ケアについて考えたことがあると回答しています。
反対しているというより、
知らない、話すきっかけがない、その状態のまま止まっている人が多いのです。

出典:厚生労働省「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」
※図3は設問の異なる項目を整理したもの
■遺された家族が本当に苦しむ瞬間とは
相続の現場で痛感している家族が本当に苦しむ瞬間は、
「あの時どうしたらよかったのだろう」という答えのない後悔を抱えた時です。
財産の分け方でもめる前に、
もっと深いところで、「本人はどうしたかったのか」がわからない。
医師に「どうしますか」と聞かれても、「先生にお任せします」と言うしかない。
人生の最終盤のハンドルを、
本人も家族も持てないまま、医療者に預けたままになってしまうのです。
ACPは、そのハンドルを少しでも本人の手元に戻すための対話だと、筆者は考えています。
■「自宅で死ぬ」は、家族だけに背負わせることではない
ここで誤解してはいけないのは、
「自宅で最期を迎える」とは、「家族が全部やる」という意味ではないことです。
厚生労働省の調査では、自宅を選ぶ理由として、
「住み慣れた場所で最期を迎えたい」
「最期まで自分らしく好きなように過ごしたい」
「家族等との時間を多くしたい」
といった思いと並んで、
「訪問してくれるかかりつけ医がいる」
「訪問看護体制が整っている」
「24時間相談にのってくれるところがある」
「急変時にすぐに医師や看護師が訪問してくれる」
「すぐに入院できる体制が整っている」
といった支援体制への期待も挙げられています。
自宅での看取りは、家族の根性論ではありません。
医療と介護が、本人の暮らしの側に歩み寄った時に、初めて現実的な選択肢になります。
つまり、「自宅で死ぬ」というより、
「自宅で生き切るための支えをどう整えるか」が本当の問いなのです。
本当に「自分らしく生きる」とは、ひとりで頑張ることではなく、
自分の望みを言葉にし、それを支えてくれる人たちと共有し、
必要な医療や介護を受けながら生きること
ではないかと筆者は考えます。
「自宅で死にたい」という願いも、家族だけの問題として抱え込むのではなく、
地域の医療・介護・支援者を含めたチームで支える課題として捉え直す必要があります。
■おひとりさま時代のACP
しかも今は、「家族が何とかしてくれる」ことを前提にできない時代です。
総務省統計局によると、
2025年の高齢化率は29.4%と過去最高で、2040年には34.8%になると見込まれています。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、
単独世帯は2020年の38.0%から、2050年には44.3%へ上昇します。

出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)-令和6(2024)年推計-」
内閣府の高齢社会白書でも、65歳以上の一人暮らしは増加傾向にあり、
2050年には男性26.1%、女性29.3%に達すると見込まれています。
おひとりさまが増える社会では、「誰が決めるのか」「誰に気持ちを託すのか」を曖昧にしたままでは、いざという時に本人の思いが置き去りになりやすくなります。だからこそ、ACPは高齢者だけの話ではなく、若い世代から少しずつ始めておくべき備えなのだと思います。
■相続の現場で見える「財産の前の相続」
相続というと、多くの方は預貯金や不動産、遺言書のことを思い浮かべます。
もちろんそれも大切です。
けれど、相続の現場には、数字に表れないものがたくさん残ります。
「救急車を呼ぶべきだったのではないか」
「もっと本人の希望を聞いておけばよかった」
「病院に任せたけれど、本当は家に帰りたかったのではないか」
そうした後悔は、税務申告より長く家族の心に残ることがあります。
だから筆者は、相続には“財産の前の相続”があると考えています。
その人が、どう生きたいのか。
どこで、誰と、どんな時間を大切にしたいのか。
何を家族に遺したいのか。
そうした思いを、元気なうちから話しておくこともまた、大切な相続対策のひとつです。
ACPは医療の話であると同時に、家族の後悔を減らすための話でもあります。
■自分らしい最期は遺された家族への思いやり
祖母の最期を、今の言葉で言い直すなら、
あれはACPという言葉が広く知られる前に
祖母と家族が、それぞれのかたちでたどり着いた「自分らしい最期」だったのかもしれません。
もちろん、誰にでも同じことができるわけではありません。
家族の形も、住まいも、地域の医療資源も違います。
だからこそ必要なのは、
「自宅か病院か」という二択ではなく、
その人にとっての“自分らしさ”とは何かを、早めに、繰り返し、周囲と共有しておくことです。
「自宅で自分らしく死にたい」は、わがままなのでしょうか。
筆者は、そうは思いません。
ただし、それを家族の愛情だけに委ねるなら、たしかに苦しくなる。
だから必要なのがACPです。
自分の望みを言葉にし、支えてくれる人と共有し、
医療や介護の力も借りながら、最後まで納得できる生を組み立てていく。
正解のない問いに、ひとりで答えを出すのではなく、チームで向き合っていく。
その準備こそが、これからの相続と終活に欠かせないのだと思います。
<参考資料>
・厚生労働省「人生会議(ACP)してみませんか」「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書」
・e-Stat「人口動態調査 人口動態統計 確定数 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・死亡の場所別」
・総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者」(2025年)
・国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)-令和6(2024)年推計-」
・内閣府『令和6年版高齢社会白書』
【筆者プロフィール】
金田 京子(かねだ きょうこ)
ファイナンシャルプランナー

ライフプランニングや家計の見直しなどを中心に1万件を超える個別相談に携わり、金融教育インストラクター、セミナー講師としても活動。
法律事務所・金融機関勤務での経験や知識を活かしながら、専門用語を使わずにわかりやすい言葉で、世代間をつなぐ相続・終活コンサルティングをおこなっております。
今秋、株式会社相続終活ラボ主催で、
おひとりさまの増加と多死社会に対応する専門家の育成を目指す
「おひとりさま相続大学®第1期」が開講されます。
0期に引き続き、生命保険分野の講師を担当します。
講座の定員枠に限りがありますので、ぜひお早めにお申し込みください。
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【保有資格】
上級縁ディングノートプランナー®
終活カウンセラー®1級
相続診断士®
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2級ファイナンシャルプランニング技能士(国家資格)
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