事実婚の配偶者に「相続権」はあるのか――大阪高裁判決が投げかけたもの
公開日:2026-02-02 00:00
目次
1. ニュースの概要
先日、夫婦別姓を希望し、約30年にわたって事実婚だった夫婦の遺産相続に関する判決が大阪高等裁判所でありました。
被相続人(妻)と夫は、夫婦別姓を希望したため婚姻届を提出せず、約30年にわたって事実婚として生活していました。
妻は「預金を妹と夫に2分の1ずつ承継させる」という自筆証書遺言を作成していましたが、形式的な要件を満たしておらず無効と判断されました。
夫は妻名義の預金口座から1750万円を引き出し、義妹(妻の妹)から返還を求められた――というのが裁判の骨格です。
裁判所の結論は、
「事実婚の配偶者には相続権がない」
一審、控訴審ともに、「事実婚の配偶者には相続権がない」として、義妹の夫に対する返還請求を全額認めました。
法律上の婚姻(婚姻届を提出した夫婦)でなければ、原則として相続人にはならない、という整理です。
2. なぜ“違和感”が生まれるのか――「離別」と「死別」の非対称
(法的には正式に条文として認められてはいないものの)裁判実務上、
事実婚のカップルが夫婦関係を解消した際には、「財産分与」といって、夫婦で築き上げた財産を清算する仕組みが存在します。
これは、もちろん、婚姻届を提出した夫婦でも同様です。
「離別」の場合には、夫婦で築いた財産は清算されるのに、
「死別」の場合には、夫婦で築いた財産は清算されない。
これは不均衡ではないのか、という問題意識から、定期的にこのような裁判が起こされています。
「夫婦で築いた財産なのに、全部“遺産”になって分けるの?」
「離婚(離別)なら、夫婦で築いた財産を“財産分与”で清算できるのに」
「死亡(死別)だと、清算されずに“遺産”として相続で分けることになるのは不均衡では?」
離婚で財産分与を経験した方ほど、この感覚を持っています。
3. 専門家が議論してきた論点:「名義の半分は配偶者のものでは?」
実はこの疑問、違和感はとても素直で、的確なものだと考えています。
相続に関する裁判でも、かねてから弁護士が正面から論じ、また裁判所も判断を示し続けてきた論点です。
法律家の言葉に直すと、争点はこうなります。
「被相続人名義の財産の2分の1は、配偶者の固有財産(=そもそも遺産ではない)と評価できないか」
要するに、「夫婦で築いた財産なのだから、名義がどちらにあっても、実質的には半分は生存配偶者の取り分として先に確保されるべきでは?」という発想です。
例えば、古い最高裁決定(平成12年3月10日)は、
内縁(事実婚)夫婦の一方が死亡した場合に、離婚時の財産分与と同様の発想で遺産を処理できるかが争われた事案で、概ね次のように述べています。
・民法は、離婚時の清算(財産分与)と、死亡による関係終了(相続)を区別し、別々の仕組みを用意している
・したがって、内縁関係を「離別」で解消した場合に離婚制度を類推して保護する余地があるとしても、相続の場面に離婚という別制度を持ち込むことは、法律が予定していない
その後も似た裁判は繰り返し起こっていますが、裁判所の判断は一貫して「離婚と相続は別だ」という方向に寄っています。
4. これでは説明として冷たいのでは・・・
ただ、相続相談の現場で、「判例がこう言ってます」だけでは、とても冷たい気がします。
そう思い、専門書籍の研鑽をしていたところ、こんな一文に出会いました。
「諸外国には、フランスのように夫婦財産関係の清算を、実質的夫婦共同財産の清算と、その後に行われる被相続人(死亡配偶者)の相続という2段階の枠組みで行う国もあるが、わが国では、これらを一元化し、婚姻の死亡解消に伴う夫婦財産関係の清算を、もっぱら配偶者としての資格に基づく被相続人の相続の問題として処理している。」
(潮見佳男「詳解相続法」弘文堂29ページ)
そこで、相談者さんには、概ね次のように説明しています。
『着眼点は鋭いです。国(フランスなど)によっては「夫婦財産をいったん清算してから相続に入る」という発想があります。
ただ、日本の相続はそこを前提にしておらず、原則は「亡くなった方に帰属する財産が遺産になる」という整理です。
そのため、夫婦で築いた経緯があっても、亡くなった方に帰属する形で残っていれば、遺留分や遺産分割の対象になります。
とはいえ、問題意識自体はまっとうで、実際に揉めやすい点です。名義や共有の整理、保険の使い方などで、火種を小さくする余地はあります。』
5. 火種を小さくする先回りの準備を
このテーマで現場が荒れる典型は、「感覚」と「法律の処理」がズレたまま相続が始まることです。
そこで、実務的には次の方向で“火種”を小さくします。
- 名義の整理:誰の財産として残すのか(=相続の対象に入るのか)を明確にする
- 保険の活用:受取人設計により、相続で揉める部分を減らす
- 遺言の形式の確保:内容以前に「有効な形」にする(ここで転ぶとすべて崩れます)
「夫婦で築いた財産なのに、死別だと清算されないのは変じゃないか」という違和感は、素朴ですが核心を突いています。
とはいえ、現在の日本の法制度と裁判所の運用は、
「離婚の清算」と「相続の承継」を分けて考える方向で固まっています。
だからこそ、制度への違和感を放置せず、
名義・遺言・保険などの設計で“争点化しやすい部分”を先回りして処理しておく。
これが、現実的なトラブル回避策になります。
【筆者プロフィール】
大石 誠(おおいしまこと)
- 弁護士(神奈川県弁護士会所属)
- 笑顔相続道®正会員
- 縁ディングノートプランナー™

平成元年生まれ 平成28年弁護士登録
横浜で、おひとりさま・お子様のいないご夫婦が、老後を笑顔で過ごすための終活・生前対策と、遺言・遺産分割をめぐる相続トラブルの解決を得意としています。
遺言、家族信託、後見、死後事務はもちろん、提携先の身元保証会社の紹介なども含めて、相続・終活についてワンストップで対応しています。
【筆者へのお問い合わせ先】
横浜平和法律事務所
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