女装家としこ 母親の介護と相続を終えて
公開日:2024-11-04 06:00
目次
■撮り鉄の女装家
「昨日、若い男性から『お茶しませんか』とお誘いいただいたんです。ナンパというのでしょうか。はじめての経験だったので驚いてしまって。その日はかなり無理をして短いワンピースを着ていたんです。うふふふ。」
目じりに皺を寄せてはにかむ、としこさん62歳。2024年の秋をもって高崎エリア内の営業運転を終了する機関車「EF64 1053号機」の前で、白いミニのワンピースを着て佇む写真を見せてくれました。
撮り鉄(鉄道の写真を撮影して楽しむ鉄道ファン)をライフワークのひとつとする彼女。自身の女装姿を鉄道写真の画角に入れるという珍しいタイプの撮り鉄です。洋装に加え2年前からは和装での女装姿もSNSに投稿されています。このごろは鉄道関係のイベントで、ファンの方から声をかけられることもあるそう。
筆者がとしこさんに初めて出会ったのは竹久夢二伊香保記念館の港屋サロン。彼女は淡黄色縦縞の着物に緑の帯という和装で登場しました。この日は竹久夢二伊香保記念館に所蔵される「黒船屋」の特別公開日。一年に一度、特別な設えの部屋で「黒船屋」の鑑賞が叶う日です。としこさんの出で立ちはまさに「黒船屋」に描かれる彦乃さんを思わせるもの。控えめながらもお出かけのテーマに対するとしこさんのこだわりを感じた初対面でした。
■自衛官人生から母親の介護へ ~時々女装~
現在は仕事を持たず趣味や学びボランティアなどの取り組みにて人生を輝かせているとしこさんですが、その職歴は、15歳で陸上自衛隊少年工科学校(現在の高等工科学校)に入校、56歳で職務を全うし自衛隊を退職という自衛官人生。退職後は母親の介護に専念することを決め群馬へ戻りました。
「3年間の介護生活でした。母は肝臓が悪く心臓への影響がありましたので、塩分を控える食事作りが私の一番の仕事でしたね。そして薬をちゃんと飲ませること。減塩の配達食なども試してみたのですが、美味しくないと言って食べませんでした。薬を飲むのも嫌がって、ごまかしたり捨てちゃったり。それまでは妹に母の世話を任せきりでしたので、いよいよ自分が仕事を辞めて母の面倒を見ようと決意しました。」と、としこさん。
献身的な介護生活を送るなか、週2回入浴介助のため母親不在となるデイサービス利用が、としこさんの自由時間。
「そのとき女の子していました(笑)。日常から解放される時間でしたね。母には最後までカミングアウトしませんでしたけれど。昔から女の子への憧れがあったんです。30年前くらいかな、笑っていいともにニューハーフが登場するコーナーがあって、自分もやってみたいな、いつかはああいう風にきれいになってみたいという変身願望がありました。」と、長年のあこがれと介護生活からの束の間の解放について語ります。
■インスタグラマーとしこの女子的生活
Instagram投稿のきっかけは、母親のための食事作りでした。新しい料理を覚えInstagramに投稿することが張り合いとなって毎日の食事作りを楽しむことができたと。現在、「今日のとしこ…」という書き出しでのお出かけ投稿がメインとなっている彼女のInstagramですが、開設当初は料理9割・女装1割といった投稿のバランス。美味しそうな家庭料理の投稿が並んでいます。おせち料理もお重で準備し、仕込みに四日をかけたというその丁寧な暮らしぶりから、母親との時間を大切にされていたことがうかがえます。
50代で初めてメンズエステに行ったことをきっかけにスキンケアに目覚め、女装という彩りがとしこさんの人生に加わりました。都内の女装サロンに幾度か通ったり、メイクレッスンや写真撮影をしてもらうなかで、美しくなる喜び、見てもらう喜びに目覚めたとのこと。
「まだまだ女子力が低いので直したいところはたくさんあるけれど、あくまで女装が好ましいだけであって、女の子になりたいわけではないんです。」と、女装家としての微妙な胸の内を語ります。女装家としこさんのInstagramでは、日々の出来事と女子的生活の創意工夫について、短いながら丁寧な言葉で綴られ、淑女の味わい深さを醸しています。
■母親の相続手続きとエンディングノート
病状により自宅介護がむずかしくなったことで、医師に最後の入院と告げられた母親。としこさんの介護の手を離れた5か月後に亡くなりました。
「相続手続きに関する本を読んで、やるべきことを調べました。退職して時間もあったので、自分で出来るかなと思ったのです。母は几帳面に家計簿も付けていたし、エンディングノートも書いていました。父の相続の際の不動産登記の書類なども整っていたので、一つ一つ役所に確認しながら進めていきました。」
母親の相続手続きを自ら進めていったことを淡々と振り返るとしこさん。エンディングノートには、お墓に関する具体的な業者の希望、加入中の生命保険についても記入があり、相続の対応がスムーズに進む一因となりました。また相続人を悩ませることの多い多数の銀行口座についても、生前に母親自らが解約手続きを済ませていて最小限の銀行口座のみとなっていたとのこと。
「相続人は、わたしと妹の二人です。母は遺言を残していませんでしたので、遺産について法定相続分通り半分に分けるということで妹と話し合いました。遺産分割協議書に判子をもらうまではドキドキしましたが、特に揉めることも無く相続手続きについて整い、ほっとしています。」と優しく微笑むとしこさん。自らで相続手続きを終え、遺産分割についてもスムーズに整えることが出来たことに安堵されています。
遺産分割対策について、家族が不仲であるが故のテクニカルな対策が多く語られる相続界隈。誰々に有利不利という思惑の中に、法を振りかざし計算を尽くす事前対策も可能ですが、家族にとって心温まるやり取り、相手を思いやる相続準備が第一に提案されることを願う筆者です。
女装姿で母親の戸籍を取りにいったとしこさんの投稿に『身内の戸籍を取りに役所回りです。故人との関係性を問われますので生まれながらの性を認識させられます。』とありました。「としこ」と「としお」の狭間に向き合わされる行政とのやり取りも、さらりと進めていかれる強さと穏やかさが、としこさんの魅力です。
■母親の遺した着物を引き継ぐ
このごろは、こなれた着物姿のとしこさんですが、着物を着たいという思いになったきっかけは、京都の女装サロンでの出会いだったといいます。先輩女装家の和装姿に美意識を感化されたとしこさん。美しいものへの貪欲さがとしこさんを動かしています。
母親が亡くなり、いよいよ着物を着たいと考えた時、ネイル友達Y子さんの手引きにより着付けのレッスンが始まりました。男性としても大柄なとしこさん。サイズの合う着物探しは難儀です。ところが、写真の桜色の着物(筆者の相続サロンにて取材時の装い)は、なんと母親が遺した着物であると。
母親は歌が大好きで、カラオケの講師としても活躍されていたそうです。着物を着る機会も多く、大切にしていた着物が自宅に眠っていました。
「母親の遺した着物が10枚ほどありましたが、もちろん私が着られるサイズではありません(笑)。」
としこさんは着付けの上達と共に、母親の着物を自身に合う丈へ一枚ずつ直しに出していきました。まさか息子が女装家として自分の遺した着物を着てくれるなどとは、母親も夢にも思わなかったでしょう。としこさんの丁寧な暮らしは、とても豊かな味わいを感じます。
着物という、日本の文化であり、技術であり、着ていた方の想いを包んでいる遺産は、残念ながら相続においてほとんど価値の評価が付きません。着物を着る方も減る一方であり、専門の買取店であっても買取価格は二束三文という現実。日本文化に多く触れる筆者の元へも、継承先のないたくさんの着物が集まります。大切に着て繋いでいくことが一番の価値であると考え、和装FPとして活動しています。
■おわりに
今回、取材を受けた感想をとしこさんが話してくれました。
「所謂、性的マイノリティの方々が生き辛い社会を少しでも良くしてゆきたいという思いでインタビューを受けさせていただき、結果、自分自身を振り返る機会を与えていただきました。相続や死を考えることは今を生きることと同義だと思っています。母のエンディングノートには親族への想いが綴られていて、葬儀の際、母のメッセージを皆さんに伝えることが出来ました。私自身も自分の具備と遺された人へのお礼とお願いと思ってエンディングノートを書いています。今回書いていただいた文章をエンディングノートに綴っておこうかしら…。」
人生に起こる出来事と向き合いながら、自分の大切にする物事へ集中し、豊かな人間関係を繋いでいく。としこさんの人生に触れ、優しくて穏やかな相続の行方について、また一つ幸せなイメージを心に持つことが出来ました。
3年間の母親への介護を全うした、としこさんの想い。子供に大変な思いをさせないようにと、自ら身の回りの整理を進めていた母親の想いが重なり、大変暖かい気持ちになった筆者です。このような穏やかな相続やその手続き、心の在り方を、大切な方々に伝えていきたい思いでコラムを書いていきます。
【としこさんのInstagram】
・女子的生活アカウント:to.shiko820
・撮り鉄アカウント:tosh.iko911
【筆者プロフィール】
鈴木 美志乃(すずき よしの)
ワクワクライフプランナー。
お客様の人生に寄り添いワクワクの未来を語らう和装FP。
相続と日本文化の継承をテーマにコラムを書いています。
あなたの人生と相続についての想いを聞かせてください。
保有資格
- 相続診断士
- 笑顔相続道正会員
- 縁ディングノートプランナー
- 2級ファイナンシャルプランニング技能士・AFP
【筆者へのお問い合わせ先】
株式会社Finlife 東京支社 前橋サテライトオフィス
群馬県前橋市千代田町4-6-5
E-mail:y.suzuki@jinsei-mikata.com