1、はじめに
皆さんは、「遺言書」と聞くと、何通りの作成方法があるかご存知でしょうか。
一般的には、(1)遺言者が、その全文、日付、氏名などを自書して作成する「自筆証書遺言」(民法968)、(2)公証人に対して遺言の趣旨を口授し、公証人がこれを筆記する方法で作成する「公正証書遺言」(民法969)の二通りを思い浮かべるかたが多いかと思います。
民法は、これらの方式の他にも、特別な遺言書の方式として「一般危急時遺言」という方式を認めています。(書籍や記事によっては、「死亡危急時遺言」や、単に「危急時遺言」と表現する場合もあります)
今回は、この「一般危急時遺言」の作成方式や実務上の注意点などを紹介します。
2、一般危急時遺言の作成要件
民法976条は、死亡の危急に迫った者の遺言として、以下の要件を定めています。
①遺言者が、疾病等の理由から死亡の危急に迫っていること
②証人3人以上の立会いがあること(もちろん、受遺者や推定相続人は証人となることができません)
③口授を受けた証人1人が遺言書を筆記したこと(パソコンで作成する方法も可)
④遺言者本人、証人に対して読み聞かせをしたこと
⑤各証人は筆記が正確であることを証人し、署名・押印したこと
⑥遺言の日から20日以内に、家庭裁判所に対して確認の申立てをしたこと
冒頭で紹介したように、一般的な遺言書の作成方法は、遺言者がその全文を自書するか、あるいは公証人による作成のどちらかです。
ところが、遺言者に、遺言書の全文を自書するだけの体力がなく、かつ、残された時間との兼ね合いで、公証人の日程調整が間に合うのか心許ないという相談を頂く場合があります。
こういった相談の場合に、遺言書の作成方法として検討される方式が「一般危急時遺言」になります。
民法が想定している基本的な遺言書の作成方法の例外ですので、遺言者の真意に基づく遺言であることを担保するために、証人の人数を多くし(要件②)、家庭裁判所に対して確認の申立てをすること(要件⑥)を求めています。
立会証人は、全員がそろって終始継続して立ち会っていなければならず、証人が読み聞かせの途中で中座したような場合には、無効となります。
また、遺言者が遺言の内容を「口授」しなければなりませんので、遺言の趣旨を口頭で述べることすらできないような病状の場合には、無効となります。
3、作成後の手続き
遺言書の作成後、遺言の立会証人の1人又は利害関係人が申立人となって、遺言者の生存中であれば遺言者の住所地を管轄家庭裁判所に、遺言者の死亡後であれば相続開始地を管轄する家庭裁判所に対して、「遺言確認の申立て」をする必要があります。
遺言確認の申立てを経て、家庭裁判所は、遺言書に記載された内容が遺言者の真意に基づくものであるとの心証を得たときに初めて、確認の審判をし、遺言書作成時にさかのぼって遺言として完成することとなります。
この申立ては、遺言の日から20日以内にする必要があります。
家庭裁判所への申立書以外にも、遺言者の戸籍謄本・除籍謄本、立会証人の住民票又は戸籍の附票、遺言者が生存している場合には医師の診断書等が必要になるので、遺言書作成前から資料収集のスケジュールを組むことが重要です。
また、確認の審判にあたっては、家庭裁判所が、裁判所調査官に命じて、遺言者の遺言当時の病状などを中心に、証人、主治医などに対して調査を行います。
この調査官調査は、遺言者の真意に基づく遺言であるかを調査することを主目的としていますので、筆者自身の経験としては、相談の経緯、遺言書作成当時の問答、作成当時の心身の状況について記録を残しておき、裁判所に報告書を提出することが重要だと感じています。また、遺言書作成当時の問答においては、公正証書遺言を作成するときの公証人の意思確認の方法を参考にしながら、遺言者の意思確認をすることが重要だと感じています。
さらに、遺言の確認は、遺言の効力を判断するものではありませんので、遺言執行を開始するには、相続開始後、家庭裁判所の検認手続きを経る必要があります。
なお、遺言者が普通方式の遺言(自筆証書遺言や公正証書遺言)をすることができるようになった時から6月間生存したときには、家庭裁判所の確認を経た一般危急時遺言であっても、その効力を失います(民法983)。
この点からも、まさに、死期が切迫しており、自筆証書遺言や公正証書遺言の作成が間に合わない場合の「繋ぎ」の役割だといえます。
一般危急時遺言を作成したからといって安堵することなく、病状が回復されたときには公正証書遺言の作成を手配することが重要です。
4、おわりに
今回は、一般危急時遺言の作成方法とその注意点等についての解説となりました。
先に述べたとおり、一般危急時遺言は、民法が想定している基本的な遺言書の作成方法の例外ですので、遺言書作成に関与する専門家・裁判所においては、遺言者の真意に基づく遺言であることが担保されているかを丁寧に検討する必要があります。
また、一般危急時遺言の作成が必要なご相談を頂く度に、「なぜ、ここまで体調が悪くなるまで生前対策を放置してしまったのか」と考える場面も少なくありません。
今回のコラムを通じて、一般的には「もう遺言書の作成は間に合わないかもしれない」と思うようなケースでも応急処置としての方法があるということ、他方で、応急処置ができるからと言って、生前対策を放置して良い理由にはならないので、早め早めの準備が重要だということを再認識して頂けたら幸いです。
大石誠(おおいしまこと)
弁護士(神奈川県弁護士会所属)
笑顔相続道®正会員
相続診断士
「相続とおひとりさま安心の弁護士」
平成元年生まれ 平成28年弁護士登録
横浜で、おひとりさま・お子様のいないご夫婦が、老後を笑顔で過ごすための終活・生前対策と、遺言・遺産分割をめぐる相続トラブルの解決を得意としています。
遺言、後見、死後事務はもちろん、提携先の身元保証会社の紹介なども含めて、相続・終活についてワンストップで対応しています。
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